- 未来への楽観認識が肝心
- 具体計画で行動促進
- 現実判断と支援が必須
本記事では、東京大学大学院総合文化研究科の開一夫教授および博士課程の柏倉沙耶氏らが行った最新の研究成果をもとに、未来に対する楽観的な認識が先延ばし癖に与える影響について検証します。
現代のビジネスシーンにおいて、時間管理や生産性向上は極めて重要なテーマであり、先延ばし癖はその障壁として広く認識されています。
本研究は、従来の先延ばし研究の枠組みを刷新し、過去・現在・未来にわたる時間軸上のストレスや幸福感を定量的に把握する独自の指標「時系列的ストレス観」と「時系列的幸福観」を導入することで、先延ばし癖との関連性を検証しています。
また、研究結果は、未来に対して「今よりもストレスが増えることはない」という楽観的な認識を持つ人々において、深刻な先延ばし癖が見受けられないことを示しており、希望を持つことが行動変容に寄与する可能性を示唆しています。
楽観的認知と先延ばし癖の関係とは
本研究は、さまざまな時間軸における主観的なストレスと幸福感を9件法で測定し、それぞれの変動パターンを「時系列的ストレス観」および「時系列的幸福観」として再定義しました。
質問例として、「過去10年間でどれくらいストレスを感じましたか?」、「今この瞬間どれくらい幸福感を感じていますか?」、「この先1年でどれくらいストレスを感じると思いますか?」といった問いが用いられ、参加者の過去から未来に至るまでの感情の変化を詳細に把握しています。
「時系列的ストレス観」には、未来に向かうにつれてストレスが低下または少なくとも現状を上回らない「下降型」、未来に向かってストレスが増大する「上昇型」、現在が最もストレスが低く、そこから過去および未来に向かってストレスが増加する「V字型」、および特定の過去の時点でストレスがピークとなり、その後未来に向かって低下する「への字型」の4種類のパターンが存在することが明らかとなりました。
特に、未来に進むにつれてストレスが低下するという下降型の認知パターンを持つ人々は、先延ばし癖が深刻なグループに比べ、その割合が有意に低い結果となりました。
一方、「時系列的幸福観」においては、下降型、上昇型、V字型、そしてどの時間軸においても幸福感が一定である平坦型の4パターンが検出されたものの、先延ばし癖との間には明確な関連性は認められませんでした。
これらの結果は、未来に対して楽観的な認識を持つこと、すなわち「今よりも未来のストレスが増加しない」と信じる認知が、先延ばし行動の抑制に寄与する可能性を示唆しています。
さらに、先延ばし行動は、幸福感の低下やストレスの増大、健康の損耗、さらには学業成績や業務パフォーマンスの低下という重大な影響を伴うことから、この研究の意義は非常に高いといえます。
加えて、本研究が採用した新たな指標は、従来の研究における時間観の考察を一段と深化させ、個々人の時間に対する認識と行動パターンの関係性を定量的に分析するための有効な手段として期待されています。
また、研究助成としてJST【CREST】およびJST【ムーンショット型研究開発事業】の支援を受けたことから、この研究は日本国内外の先延ばし行動に関する理解を深め、精神的な豊かさや生産性の向上に貢献することが期待されています。
先延ばし癖の改善に向けた注意点と課題
先延ばし癖の改善のためには、楽観的な未来観をどのように実生活に適用するかという点が重要な検討課題として浮上します。
本研究において示されたように、未来に対して「今よりもストレスが増えることはない」との認識を持つことは、深刻な先延ばし癖の低減と密接に関連していますが、単に楽観的に考えるだけでは十分な対策とはなりません。
まず、実務や学問においては、楽観的な認知と現実的な状況判断とのバランスを保つことが求められます。
過度な楽観主義は、リスクや問題の先送り、さらには計画不全といった逆効果を招く可能性があるため、現状認識と未来予測に基づく合理的な意思決定が必要不可欠です。
また、研究では「時系列的幸福観」に関しては先延ばし癖との有意な関係が見られなかったため、幸福感そのものの増大だけでは先延ばし行動を改善するには不十分であることが示唆されています。
つまり、未来に希望を抱くことは重要ですが、その実現のためには具体的な行動計画の策定や、現実的なストレス管理技術の導入が必須となります。
さらに、使用された評価尺度としては「日本語版Pure Procrastination Scale」が採用されており、これは個々人の先延ばし傾向を客観的に把握する上で有効であるものの、心理的・環境的要因との複雑な相互作用を完全に捉えるには限界があることも留意すべきです。
加えて、先延ばし行動の背景には個々のライフスタイルやストレス耐性、さらには社会的支援の有無といった多様な要因が関与しているため、単一の指標にのみ依存することは避け、複数の観点からのアプローチが今後の研究課題として残されています。
企業や教育現場においては、未来に対する適切な期待感を醸成するための研修プログラムやキャリアカウンセリングの充実が有用であり、個人が自らの時間観を再評価する機会を提供することも、先延ばし行動の改善に向けた重要な取り組みとなるでしょう。
まとめ
東京大学の今回の研究は、先延ばし癖という現代人が直面する重大な課題に対して、未来に対する楽観的な認識が如何に効果的に機能するかという視点を提供しました。
新たな指標である「時系列的ストレス観」と「時系列的幸福観」を活用することで、過去から未来にかけての感情の変化を定量的に把握し、特に未来に対する希望や楽観的思考が深刻な先延ばし行動を抑制する効果を持つことが実証されました。
この成果は、個々人が自己管理能力を向上させ、より有意義な行動を選択する上での理論的根拠となると同時に、ビジネス分野や教育分野における実践的なアプローチの構築にも寄与するものです。
ただし、楽観的な未来認識を促すにあたっては、現実のリスクや課題を見据える姿勢とのバランスが必要であり、十分なサポート体制の整備や多角的なアプローチが求められます。
今後は、現場における具体的な介入策の開発や個々人の時間観を改善するためのプログラムの導入が、先延ばし行動のさらなる抑制と精神的豊かさの向上に向けた重要な課題となるでしょう。
結果として、未来に対する希望を具体的な行動計画に落とし込み、精神的な安らぎと活力を獲得するための有効な手段として、今回の研究成果はいかなるビジネスパーソンにとっても貴重な示唆を与えるものとなっています。
また、この研究が掲げる理念は、ムーンショット目標9で示される「2050年までに精神的に豊かで躍動的な社会を実現する」という長期ビジョンにおいても重要な一石を投じるものであり、今後の研究および実務においても継続的な検討と発展が期待されます。
勉強することを長らく忘れていましたが、
若い受講生の姿を拝見し、
一生勉強だなと感じさせられました