- 企業は社会課題に真摯に向き合う
- 透明性と一貫性が信頼の証
- 長期視野で価値創造を促す
ソーシャルマーケティングとは、マーケティングの考え方や手法を使い、社会にとって望ましい行動を広げる取り組みです。たとえば、健康診断を受ける、食品ロスを減らす、ごみを分別する、地域の防災活動に参加するといった行動を、本人の意思を尊重しながら促します。商品を販売することが中心の商業的なマーケティングとは、目指す成果が異なります。
一方で、ソーシャルマーケティングは「SNSを使った宣伝」と混同されることがあります。SNSを使うマーケティングは、一般にソーシャルメディアマーケティングと呼ばれ、主な目的は顧客との関係づくりや認知、販売の促進です。ソーシャルマーケティングは社会課題の解決や社会的価値の創出を目指し、SNSはそのために使う選択肢の一つにすぎません。
ただし、用語の使われ方には幅があり、企業の社会貢献活動や社会全体の利益を意識したマーケティングを指す場合もあります。大切なのは名称だけで判断せず、誰のどのような行動を変えたいのか、誰にどんな価値が生まれるのかを確かめることです。意味の整理から、似た概念との違い、実施手順、評価方法、注意点まで順に見ていきます。
ソーシャルマーケティングとは何か:社会に望ましい行動を増やす考え方
ソーシャルマーケティングとは、マーケティングの考え方を社会課題の解決に活用し、個人やコミュニティの行動変容を促す取り組みです。行動変容とは、考え方を変えるだけでなく、実際の選択や習慣を変えることを指します。啓発ポスターを見て知識を得るだけでなく、検診を予約する、節電を続けるなど、具体的な行動につながることを重視します。
ここでいう「社会に望ましい行動」は、行政や支援者が一方的に決めればよいものではありません。行動する本人にとっても意味があり、周囲の人や社会にも良い影響が及ぶ状態を目指します。本人の健康や生活の利便性が高まり、その積み重ねが地域の健康や環境の改善につながるなど、個人の価値と社会的な価値が結びつくことが重要です。
商業的なマーケティングでは、顧客が商品やサービスから得る価値と、支払う金額や手間などの対価を比べ、購入という選択を促します。ソーシャルマーケティングでは、金銭の代わりに時間、労力、習慣の変更、周囲への説明などが対価になることがあります。行動の便益が負担を上回ると本人が感じられるよう、価値の設計や実行環境の整備を考えます。
対象は行政や非営利組織に限られません。企業が自社の事業と関係する社会課題に向き合う場合や、医療機関が受診を促す場合、地域団体が防災参加を広げる場合にも応用できます。近年は、調査や理論に基づいて対象者の事情を理解し、行動の障壁や競合する選択肢も検討する、体系的な取り組みとして説明されることが増えています。
混同しやすい概念との違いを整理する
ソーシャルメディアマーケティングとの違い
ソーシャルメディアマーケティングは、SNSなどのソーシャルメディアを活用して、情報発信や顧客との交流、認知向上、販売促進を行う活動です。企業アカウントの運営やSNS広告、投稿キャンペーンなどが該当します。媒体や接点に注目した呼び方であり、必ずしも社会課題の解決や行動変容を目的としているわけではありません。
これに対してソーシャルマーケティングは、どの媒体を使うかよりも、社会的に望ましい行動をどのように増やすかに焦点を当てます。目的に合えば、対面相談、地域の掲示、郵送物、学校での授業、店舗の案内、ウェブサイトなどを組み合わせます。SNSを使った啓発も可能ですが、投稿の閲覧数だけでは、目的とする行動が増えたかどうかは判断できません。
たとえば、自治体がごみの分別を促すとき、SNSにルールを掲載するだけでは、実際に分別が進むとは限りません。分別方法が複雑なのか、回収場所が遠いのか、表示が分かりにくいのかを調べ、行動しやすい案内や回収環境を整える必要があります。メディアは手段であり、行動を妨げる要因への対応と一体で考えることがポイントです。
CSR・社会貢献活動・コーズ関連の取り組みとの違い
CSRは、企業が社会の一員として担う責任を指します。法令を守ること、従業員の安全や人権に配慮すること、環境への影響を管理することなど、事業活動全体に関わる幅広い考え方です。ソーシャルマーケティングは、社会課題に関係する行動を促すため、調査、対象者の理解、施策の設計、評価を進める方法として捉えられます。
寄付やボランティアなどの社会貢献活動は、社会に役立つ活動そのものを指すことが多く、必ずしも対象者の行動変容を設計するとは限りません。ソーシャルマーケティングでは、活動の実施に加えて、誰のどの行動を変えたいのか、本人にとっての障壁や動機は何かを具体化します。そのため、企業の社会貢献活動のすべてがソーシャルマーケティングに該当するわけではありません。
コーズ関連マーケティングは、商品やサービスの販売促進と社会課題への支援を結びつける取り組みです。購入額の一部を寄付する仕組みなどが例に挙げられます。販売と支援を連動させる点でソーシャルマーケティングと接点はありますが、販売促進が中心の施策と、社会的行動の変化が中心の施策では、成果の置き方や評価指標が異なります。
なぜ注目されるのか:社会課題と日常の選択をつなぐ
社会課題の多くは、制度や技術を整えるだけでは解決しきれず、日々の選択や習慣にも関係します。健康管理、防災、環境配慮、交通安全などでは、情報を知っていることと実際に行動することの間に隔たりがあります。ソーシャルマーケティングは、その隔たりを本人の努力不足と決めつけず、行動が起きる条件や環境を調べ、実行につながる方法を設計しようとします。
従来の啓発は、正確な知識を伝えれば行動が変わるという考えに寄りがちでした。しかし、知識があっても時間がない、手順が難しい、失敗が不安、相談先が分からないといった理由で行動を先送りすることがあります。望ましい行動の必要性を繰り返し訴えるだけでなく、負担を小さくし、本人が得られる価値を明確にすることが実践では欠かせません。
企業にとっては、事業活動と社会への影響を結び付けて考える機会にもなります。商品やサービスを提供する過程で生じる環境負荷、利用者の安全、地域との関係などを見直し、課題解決に資する行動を促すことで、事業のあり方そのものを改善できる場合があります。ただし、社会貢献を広告上の演出にとどめず、実際の取り組みと発信内容を一致させることが前提です。
行政や非営利組織では、限られた予算や人員で施策を届けるため、対象者の状況に応じた設計が役立ちます。全員に同じ案内を配るのではなく、必要な支援や情報が異なる人を理解し、適した接点を選べるからです。課題を本人だけの責任にせず、制度、サービス、地域環境など複数の要因を含めて検討する姿勢も、ソーシャルマーケティングが重視される理由です。
ソーシャルマーケティングを進める手順
課題・対象者・目標行動を定める
最初に、解決したい社会課題を具体化します。「健康を良くする」「環境を守る」といった大きな表現だけでは、実施すべき施策や成果を判断できません。課題の影響を受ける人、課題が生じる場面、関係する制度や環境を整理し、どの部分に働きかけるのかを定めます。課題の規模だけでなく、取り組む組織が関われる範囲も確認します。
次に、対象者と目標行動を決めます。対象者を年齢や居住地だけで区切るのではなく、行動の準備状況、困りごと、価値観、利用できる資源などを手がかりに考えます。目標行動は「意識を高める」ではなく、「予約をする」「相談窓口に連絡する」のように観察できる形にします。誰が、いつ、どこで、何をするのかを明確にすると、施策と評価をつなげやすくなります。
行動を一つに絞れない場合は、最終的に目指す状態に至るまでの段階を整理します。情報を探す、家族と相談する、申請書を準備する、窓口を訪れるなど、行動は複数の小さな手順から成ることがあります。対象者がどこで止まっているかを見極め、最初の一歩を目標にするのも方法です。抽象的な意識変化だけを成果にせず、具体的な行動につなげます。
調査で障壁と価値を捉え、施策を組み立てる
目標行動を定めたら、対象者への聞き取り、アンケート、行動観察、既存資料の確認などを通して、行動を妨げる要因と後押しする要因を調べます。本人が説明する理由だけでなく、実際の利用場面や手続きの流れも確認します。たとえば「関心がない」と見える行動の背景に、費用、移動、時間、プライバシーへの不安が隠れていることがあります。
調査では、行動から得られる利益と、行動に伴う負担の交換関係を考えます。負担には料金だけでなく、手間、時間、気まずさ、習慣を変える難しさなどがあります。本人が価値を感じる利益も、健康や環境への貢献に限りません。安心感、利便性、周囲とのつながりなど、対象者によって異なる価値を把握し、行動を選びやすい条件をつくります。
施策は、情報発信だけに限定せず、サービス内容、価格や負担、利用場所、伝え方を組み合わせて設計します。必要に応じて、相談支援や関係機関との連携、申込手順の簡素化、利用時間の見直しなども検討します。行動の競合となる選択肢、つまり目標行動を妨げる習慣や魅力的な代替行動にも目を向けます。施策を小さく試し、対象者の反応を確かめてから広げると、改善点を見つけやすくなります。
実務で活用するための設計ポイント
実務では、目標行動を変えるだけでなく、行動を支える環境を整えることが大切です。たとえば、相談に来てほしい人に案内を届けても、窓口が遠い、予約方法が分かりにくい、受付時間が合わない状態では利用が進みません。伝え方を工夫する前に、行動の手順を利用者の視点でたどり、途中で負担や不安が生じる箇所を洗い出します。
対象者を一括りにせず、行動の状況に応じてグループを分けることも有効です。すでに行動する意思がある人には、具体的な予約方法や実施場所を伝えるとよいでしょう。必要性を感じていない人には、関心を持てない理由を理解することが先です。行動への不安が強い人には、安心して試せる説明や相談先が役立つ場合があります。区分は固定的な属性ではなく、施策を考えるための仮説として扱います。
関係者との協働も欠かせません。対象者の生活に関わる自治体、医療機関、学校、地域団体、企業などが連携すると、情報の伝達だけでなく、サービスの提供や環境整備まで一貫して進めやすくなります。協力者を単なる周知先とせず、現場の知識を持つパートナーとして計画段階から参加してもらうことが重要です。役割、責任、情報共有の方法を事前に確認します。
企業が取り組む場合は、事業とのつながりを説明できるテーマを選ぶと、活動を続けやすくなります。自社の製品や業務が課題にどう関係するかを確かめ、社会に生じる負の影響を減らす取り組みと、望ましい行動を促す施策を分けて考えます。宣伝のために課題を利用していると受け取られないよう、実施内容や進捗を具体的に伝え、できていない点も必要に応じて明らかにします。
成果を測定し、改善につなげる方法
ソーシャルマーケティングは、施策を実施した回数や配布した資料の数だけでは成果を判断できません。まず、どの段階を評価するのかを分けておきます。活動量を示す実施指標、対象者に情報やサービスが届いたかを示す到達指標、知識や意向の変化を示す中間指標、実際の行動を示す行動指標、社会課題への影響を示す成果指標を整理します。
行動指標は、目標に合わせて選びます。検診の受診を促すなら受診状況、相談を促すなら相談件数だけでなく相談後の支援利用、分別を促すなら適切な分別行動などが候補になります。ただし、個人情報や健康情報を扱う場合は、取得の必要性、利用目的、保管方法、アクセス権限を慎重に検討してください。測定のために対象者へ過度な負担をかけないことも重要です。
社会的な成果は、施策以外の要因にも左右されます。制度変更、経済状況、季節、地域の特性、同時期に行われた別の活動などが、行動や課題の変化に影響する可能性があります。そのため、施策の前後だけを比べて、変化のすべてを取り組みの成果と断定するのは避けます。比較対象を設けられるか、複数のデータを照らし合わせられるかなど、実施可能な評価方法を検討します。
評価の目的は、施策の成功を飾ることではなく、次の改善に役立てることです。目標に届かなかった場合も、対象者に情報が届かなかったのか、内容が理解されなかったのか、行動の負担が残ったのかを分けて確認します。定量データだけでは分からない理由を、聞き取りや現場の観察で補う方法もあります。実施中に確認する指標と、一定期間後に確かめる指標を分けておくと、途中修正と長期評価を両立できます。
取り組みで起きやすい失敗と注意点
よくある失敗の一つは、組織が伝えたい情報を中心に施策を作り、対象者の状況を後から当てはめることです。正しい情報でも、本人の疑問や生活上の制約に答えていなければ、行動にはつながりにくくなります。企画の初期に対象者の声や現場の知見を集め、何が行動を妨げているかを確かめてください。調査を形式的に済ませず、施策の選択に反映させます。
二つ目は、知識や意識の変化を最終成果として扱うことです。理解度や賛同が高まっても、行動する場所がない、手続きが複雑、費用が負担になるといった問題が残れば、実践には結び付きません。情報提供と並行して、サービスの利用条件や導線、支援体制を点検しましょう。本人の意欲だけを問題にするのではなく、行動しにくさを生む制度や環境にも対応する必要があります。
三つ目は、短期的な反応を追いすぎることです。行動習慣や地域の仕組みが変わるまでには時間がかかり、社会的な成果がすぐに表れない場合があります。初めから売上や評判の向上を前提に予算を組むと、成果が見えにくい段階で活動が止まるおそれがあります。実施可能な規模から始め、継続に必要な人員や費用を見積もり、短期・中期・長期の評価を分けて計画します。
倫理面への配慮も欠かせません。社会に良いと考える行動であっても、恐怖や罪悪感を過度に利用したり、特定の人を責めたり、本人の選択を狭めたりする方法は避けるべきです。個人の尊厳やプライバシーを守り、情報が正確であること、参加や行動を強制しないことを確認します。企業が活動を発信する場合は、実績を誇張せず、寄付や環境配慮の範囲、条件、限界を分かりやすく示します。
ソーシャルマーケティングとは何かを理解し、実践につなげる
ソーシャルマーケティングとは、マーケティングの知見を生かして、社会にとって望ましい行動を広げるための計画的な取り組みです。SNSで宣伝することそのものではなく、対象者の事情を理解し、行動の障壁を減らし、本人にも社会にも価値のある選択肢をつくることが中心です。社会課題の解決を目指す際に、啓発だけでなく環境やサービスの設計まで検討する枠組みとして活用できます。
実践では、課題を具体化し、対象者と目標行動を定め、調査を通じて行動の動機や負担を捉えます。そのうえで、情報発信、サービス、利用場所、手続き、協力体制などを組み合わせ、施策を実施して評価します。対象者の反応を確認しながら調整することが大切です。大規模な企画を一度に始めるより、現場で試せる範囲から始め、学びを次の施策に反映する方法が現実的です。
また、CSRや寄付活動、ソーシャルメディアマーケティングとは、目的や範囲が異なることを押さえておきましょう。これらは互いに排他的ではなく、企業や自治体の取り組みの中で連携することもあります。ただし、社会に良い活動を実施したことと、社会課題の解決に寄与したことは同じではありません。何を実現したいのかを明確にし、活動の内容と評価指標を対応させることが信頼につながります。
成果を急いで見せるより、対象者の意思を尊重し、実際の行動を支える条件を地道に整えることが、継続的な変化につながります。企業、行政、非営利組織のいずれが担う場合も、関係者と協力し、効果だけでなく公平性や倫理性にも目を向けてください。ソーシャルマーケティングの視点を取り入れることで、社会課題を「知らせる」段階から、行動と環境の変化を生み出す段階へと進めやすくなります。